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故マエストロ ウバルド・ガルディーニ
今日は通訳のお仕事で、ポッジョ・レナーティコというフェッラーラの小さな街へ赴きました。
ポッジョ・レナーティコは、イタリア・オペラを勉強している人なら誰でも知っている、マエストロ、ウバルド・ガルディーニ氏の故郷です。

マエストロは、この小さな街から世界へ飛び出し、イタリア・オペラの素晴らしさを世界中に広められました。
コヴェント・ガーデン、メトロポリタンなど重要な劇場でディクションのコーチを務め、世界中の多くの有名なオペラ歌手が彼の元で学びました。
日本でも教鞭をとられ、今活躍中の多くの日本人オペラ歌手が、彼の元でイタリア語のディクションを学びました。
私は日本で通っていた大学の教授、として授業を通して、マエストロのイタリア語へのこだわり、イタリア音楽への情熱を知る、素晴らしい機会に恵まれました。

残念ながらマエストロは2011年の11月に多くの人に惜しまれながら、この世を去られました。

今回、マエストロの故郷であるポッジョ・レナーティコ町は、マエストロの日本人の奥様の来伊機会に会わせ、大きな文化功績を残されたマエストロを敬意し、文化功労賞授与式を行いました。私は今回、通訳としてお声がかかり、この式典に参加したのです。
巡り巡って、このような機会に再びマエストロのお人柄に触れる事ができ、なんとも不思議な巡り合わせを感じたのでした。

市長、市議会議員をはじめ、文化省庁大臣であり、またマエストロのいとこでもいらっしゃる、ダリオ・フランチェスキーニ氏も臨席し、式典は厳かに行われました。
式典の始めにはマエストロが大好きだったと言うヴェルディの椿姫の序曲と共に、生前に活躍される写真がスクリーンに映し出されて、しばし、臨席者はマエストロとの思い出に浸ったのでした。

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                 マエストロの文化功労証書

マエストロの奥様は、マエストロにとって最後の帰郷となった2011年7月の旅行の際、すでにかなり体調が悪かったにも関わらず、故郷に帰り、親族に囲まれ、また、世界中からマエストロを慕い訪れてくる彼の弟子達に囲まれて、とても幸せそうで、一時病気が回復したように見えた事、街の人々の心あたたかなもてなしが、マエストロにとって本当に何よりの薬であった事、そして病気になられても最後の最後まで、優しい微笑みをたたえ、皆の話す事にゆっくりと聞き入り、音楽への情熱を忘れなかった事等をお話しして下さいました。

マエストロの親族の方々は口々に、マエストロの音楽への情熱、言葉へのこだわり、特に方言に達者で、方言を交えた冗談を良く言っては、皆を笑わせていたエピソード等を披露して下さいました。
大学で授業を受けていた当時は、マエストロがイタリア語の方言にも達者で、とてもユーモアのある方だとは夢にも思っていませんでした。

奥様とは、2011年、フェッラーラへ滞在中に私のコンサートに来てくださって以来、久しぶりの再会となりました。お元気そうでなによりです。

マエストロの功績を讃えながら、マエストロを見習い、イタリアの豊かな芸術を守って行こうという、街の人々の情熱に触れる事ができた素晴らしい式典でした。
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by concordanze | 2014-05-12 00:17 | Vita quotidiana 生活

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