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満月とフィガロの結婚
サン・コロンバーノで行われるコンサート会場へと向かう道、ふと見上げた空の満月の美しかったこと!
雲一つない、濃紺の空に浮かぶまんまるの光り輝く、まるで、周りの黒さを吸い込んでしまいそうな程、そしてなんだか切なくなる程、白く、青く、輝く満月…。
昨夜のピッコリーナさんの、朝、四時に起きての一人おしゃべりは、はたまた月の仕業だったのかしら…。さてはオオカミ娘?等と思いながら、余りの美しい青白い光に涙が出そうになってしまいました。
コンサートにはタリアヴィーニ大先生がいらっしゃいました。サン・コロンバーノのチェンバロ、その他古楽器のコレクションの持ち主であり、偉大なオルガン、チェンバロ奏者。素敵な微笑みのマエストロです。コレクションの楽器について質問すると、この楽器はね…と話しながら、ひょひょいっと演奏をして、楽器の説明をしてくださいます。その、何気なくしてくださる演奏が、なんとも素晴らしくて、いつも恐れ入ってしまいます。大ファンです。

話しは変わり…
ボローニャ音楽院のとある授業で、久しぶりにG.F.Busenello台本、モンテヴェルディ作曲の“ポッペアの戴冠”を鑑賞、台本を読む機会がありました。
ポッペアの戴冠は、私にとって、思い出深いデビューオペラであります。古楽の魅力へ更に目覚めた、忘れがたい作品です。

デビュー当時も、モンテヴェルディの音楽の素晴らしさもさることながら、台本の衝撃的なドラマにも心を揺さぶられた思い出があるのですが、久しぶりに台本を読んでみて、ブゼネッロの人間の普遍性を見抜く視点の鋭さ、作品全体を通しての構成の素晴らしさに、改めて感入りました。

このオペラ、“アモーレ(愛の神)の腕自慢”の物語、と言ってしまえば話しは早いですが、オペラのプロローグは美徳の女神と、幸運の女神のどちらが神として重要で勝っているか、という口論から始まります。
幸運の女神が「美徳の神よ、退きなさい、あなたは私の力添えが無ければ、何の役にも立たないのよ!」といえば、幸運の女神が「まあ、向こう見ずな幻想を抱いた女神ね、私こそが真実の階段なのよ!」と歌います。
すると、キューピッド、愛の神が、「愛なしに、いったい何ができるというのさ。愛が美徳を教えとき、愛が幸運を服従させるのさ。」と割って入ります。

この部分だけ見ても、400年前にブゼネッロが描いた社会は今と全く変わらないのね〜と感心したり、ほろ苦い感情がこみ上げて来たり。
ローマ皇帝ネロの史実に基づく話しを元にして作られたこの台本、“お客様にわかりやすい題材で”という、次世代にヴェネツィアで初めて、宮廷から解放され、一般向けに劇場が公開されるに至る経過にて、試行錯誤されていた、この時代に言われ始めた、ドラマの鉄則もしっかり取り入れ、ドラマの展開も見事に計算された素晴らしい作品です。


そして…。
先日ナンネッティ家で取り交わされた会話。
「ね、この壁、治した方がいいよね?」
「昨日、このクローゼットが…」
「今、私は全然違う話しをしているのですが…。」
「さっき、そこの電気が…」
「電気はいいから、この壁、治すよね?…もう、私の話し、聞いてる?」
「そうそう、電球変えなきゃ…」
「だから、壁、壁の話ししてるのよ、もう!人の話し、ちゃんと聞いてよ!!」
から発展した属に言う、“犬も食わぬ”ケンカ。
まるで、モーツァルトの「フィガロの結婚」の冒頭のようだった、と思った私でした。
ま、フィガロとスザンナはケンカをせずに二重唱をするんですけどね☆
by concordanze | 2013-01-27 09:43 | Vita quotidiana 生活

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