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フレスコバルディの家
ふらふらと涼を求めて散歩に出かけた際に通りかかかったVia Frescobaldi フレスコバルディ通り、
その名の通り、ジローラモ・フレスコバルディが幼少を過ごしたとされる家があります。
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                 フレスコバルディ通り40番
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“この父方の家において、素晴らしいオルガン奏者で、作曲家であるジローラモ(ジェローラモ)・フレスコバルディ氏(1583−1643)は幼少時を過ごす。彼の素晴らしい才能は、新しい精神と音楽形式への潮流をもたらした。”と記されています。


フェッラーラの音楽院の名称は“ジローラモ・フレスコバルディ音楽院”。このことから見ても重要な音楽家であることが見て取れます。
因にミラノはジョセッペ・ヴェルディ音楽院、パルマはアントニオ・ヴィヴァルディ音楽院、お隣町ボローニャの音楽院はジョヴァン・バッティスタ・マルティーニ音楽院といいます。あの、モーツァルトに対位法を教えたとしても名高い音楽理論家です。イタリアの音楽院にはそれぞれ重要な音楽家、もしくは音楽に貢献した人々の名前を使用しているのです。

フレスコバルディはルネッサンスの大作曲家でオルガニスト、そして、エステ家の宮廷音楽最盛期を支えたルッツァスコ・ルッツァスキのもとで音楽を学びました。
フレスコバルディはルネサンス後期の音楽がバロック音楽時代に入る時期に活躍した作曲家なのです。
彼によるチェンバロ曲の中にはエステ家宮廷でコンチェルト・デッレ・ダーメによって歌われていたマドリガーレのモティーフを使用したものなどもあるのですよ。
ルネサンスの音楽を聴きながら、新しい音楽の潮流を作った作曲家…彼はイタリア以外、フランス、ドイツ音楽にも影響を与えました。

彼はチェンバロ、オルガン用の曲の他、クラヴィチェンバロとテオルボの伴奏による2冊の“アリア集”も残しています。
彼の声楽曲は言葉と音楽の結びつきがとても独特です。ルネサンス時代の音楽と言葉の結びつきに比べると、とても劇的な表現をもたらします。でもその劇的さがバロック時代の大作曲家モンテヴェルディとはまた違うのです。

このフレスコバルディの父方の家、今現在は民族資料センターとして使用されています。
今は夏休みのようなので、開館しているときにまた訪れてみようと思います。
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                家の前でお昼ね中の黒猫さん。


さて、ということで、フレスコバルディを歌ってみようかな。
では♪♬♪
by concordanze | 2010-08-24 01:22 | Vita quotidiana 生活

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